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東京地方裁判所 昭和29年(行)116号 判決 1956年9月01日

原告 佐藤久作

被告 大蔵大臣

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「外資委員会が訴外林以文及び張耀西の申請に基き昭和二十六年五月二十五日附為した別紙目録記載の建物の取得を認可した処分が、無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、訴外林以文及び張耀西(以下申請人等という)は、昭和二十六年五月七日外資委員会に対し外国人の財産取得に関する政令(以下単に政令という)第三条第一項の規定により別紙目録記載の建物(以下本件建物という)の取得に関し認可を申請し、外資委員会は同月二十五日附右訴外人等に本件建物の取得を認可する旨の処分をした。

二、しかし右認可処分は次の理由により無効である。

(一)  日本人が外国人の代理人として政令の規定による財産の取得の認可を申請する場合には、昭和二十四年三月十六日外資委員会規則(以下単に規則という)第一号外国人財産取得規則第三条第三号により、該申請が正当な代理権に基くものであることについて、その外国人の属する国の領事の証明した書類及び申請者の印鑑を証明する書類を添付しなければならない。しかるに右申請人等の本件建物取得に関する認可の申請は日本人たる訴外岡田錫淵によつて為されたものであるが、その申請書には右規則で定められた委任状及び印鑑証明書が添付されておらず、右申請が正当な代理権に基くものであることの証明がないのに右申請に基いて申請人等に本件建物の取得を認可したものである。

(二)  本件建物の所有権は原告に属するが、原告は申請人等と本件建物につき売買その他譲渡に関する契約を締結したこともなければその予約をしたこともない。だから申請人等の申請書には規則第二条第五号で定められている相手方たる原告の住所、氏名の記載はない。しかるに申請人等は本件建物を訴外藤野常三郎から買受けたとしてその認可を申請しているが、右藤野は本件建物の所有者ではないのであるから、本件認可処分は真正の権利者たる原告が譲渡したことのない本件建物の取得を申請人等に認可したものである。

(三)  外国人が政令第三条第一項各号に記載された財産を取得することができるのは、その事業活動を継続する必要がある場合に限られる(政令第六条第一号)。ところが右林は昭和二十五年十一月頃から本件建物を原告より賃借し、引続き本件建物を使用しているのであるから、その事業活動を継続するために本件建物を取得する必要はなかつたのである。

三、外国人が財産を取得するためには政令第三条第一項によつて外資委員会の認可を受けなければ効力を生じないのであるから、外国人を当事者の一方とする私法上の契約は右認可がなければ成立しない筈である。

ところが右林は、本件認可によつて本件建物を右藤野から買受けたとして原告に対し本件建物の賃料の支払をしないのみか、本件建物の所有権移転登記手続及び明渡を求める訴訟を東京地方裁判所に提起し、昭和二十八年十二月二十四日原告は右訴訟において右林が訴を取下げることを条件として金四百万円を支払うとの和解をするのやむなきに至つた。もし、本件認可がなかつたならば申請人等と右藤野との売買契約は成立しなかつたのであるから、原告は右に述べた様な不当な支出をすることはなく、又林が賃料を支払わないこともなかつた筈であるから、原告は本件認可処分によつて本件建物の所有権を侵害されたことになり、右処分の無効確認を求めることは右所有権侵害に因る損害を回復するため必要である。

そして外資委員会の政令第三条に依る認可は昭和二十七年七月三十日、法律第二百七十号付則第十二項第十九条により被告の処分とみなされるに至つたから被告に対し本件認可処分が無効であることの確認を求めるため本訴請求に及ぶ。

被告指定代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、その理由及び請求原因事実に対する答弁として次のとおり述べた。

一、原告は本件認可処分の相手方でないのみならず、右処分によつて原告の権利はなんら侵害されるものではないから、原告には訴の利益がない。即ち外国人が日本人、日本国の政府若しくは地方公共団体から財産を取得したり又は外国人が自己の計算において日本人をして財産を取得させることを自由に放任すると、国家的見地から種々の弊害を伴うので、政令第三条はこのような財産の取得を外資委員会の認可に係らしめ、もつて諸外国との間の建全な経済関係の回復を促進し、国民経済の復興及び自立を図り、国家資源の保全に資せんとするものであることは、同政令の趣旨に徴し明らかである(政令第一条、第三条)。そして外資委員会の認可がないときは財産取得の効力を生じないものとされている(第四条)。したがつて第三条の認可は単なる命令的規定に止まるものではなく、私人間の財産取得行為の効力を制限し、その効果の完成を外資委員会の認可に係らしめているものと解すべきである。即ち第三条の認可は外国人の財産取得行為の効力を完成せしむるための補充的有効要件というべきものである。それ故財産取得に必要な右認可はあくまで外国人の財産取得を国が是認するというだけのことであつて、それ以上に認可を受けた者に新たな私法上の権利を設定したり付与したりするものではない。したがつて原告は本件認可処分によつてなんら権利を侵害されるものではない。又仮りに本件処分が無効であつたとしても原告自身の権利はそのために回復される筋合でもなく、本件処分が原告の権利の行使の妨げとなるものでもないのである。原告は申請人等に対し本件認可処分の有効、無効にかかわらず直接自らの権利を主張することによつて十分救済をうけることができるのであるから、原告は本件認可処分の無効確認を求める訴の利益なきものといわなければならない。

二、請求原因事実中原告主張の日に訴外林以文及び張耀西が外資委員会に対し政令第三条第一項の規定により本件建物の取得に関し認可を申請したこと、原告主張の日に外資委員会は右申請に基いて訴外人等に本件建物の取得を認可したこと、原告主張の経緯で外資委員会の政令第三条第一項に基く処分は被告の処分とみなされることになつたことは認めるが、その余の主張事実はすべて争う。

理由

政令第三条第一項による認可は、外国人の本邦においてする政令第三条第一項各号に記載された財産の取得をその自由に放任するときは、国民経済の復興及び自立並びに国家資源の保全の見地から幣害を生ずる虞れがあるのでこれを制限し、このような財産の取得を外資委員会(前記改正後は大蔵大臣)の認可にかゝらしめ、これにより右のような国家的利害と外国人の投資及び事業活動の円活との調整を図ろうとするための制度であるから、一面において外国人が日本人、日本国の政府若しくは地方公共団体又は政令第二十三条の二の規定により主務大臣の指定する外国人から前記財産を取得しようとするときは、前記認可を受けなければならないこととし、他面において、若し当該外国人が右認可を受けない場合には同人に対してはその財産取得は法律上の効力を生じない(第四条)ことと定めた。

それ故右認可は単に外国人を当事者の一方とする私法上の財産の取得行為を補充し、その法律上の効力を完成せしめる効果を有するに止まり、右私法上の行為と離れて、独立に財産権上の効果を生ずるものではなく、基本たる私法行為が本来当事者の意図した財産取得効果を生ずることができないものである場合にはたとえこれにつき誤つて前記認可が与えられたとしても、之により右財産取得の効果を生ずることはありえないと解すべきである。

原告の主張によれば、本件建物は原告の所有であるに拘らず、訴外林以文及び張耀西は之を訴外藤野常三郎から買受けたといつて、外資委員会に対し右建物の取得に関し認可を申請し、同委員会は右申請に基いて本件認可を為すに至つたというのであるから、仮に右主張の通りであつたとすれば右訴外人等は右売買契約によつては右建物を取得することができない筈である。而してこのことは前記訴外人等に対し前記認可が与えられたと否とによつて何等差異を生ずるものではない。又仮に、原告主張の三の各事実があつたとしてもそれらはいずれも右認可に基く法律上当然の効果であるということはできないから之を以て原告は本件認可によつて法律上の不利益を被つたものであるということはできない。従つて、本件認可は原告に対し法律上何等利害の影響をもつものでないことが明らかであるから、原告は本件認可処分の無効確認の訴を提起するにつき利益を有しないものというべく、原告の本件訴は不適法としてこれを却下すべきである。

よつて訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾巖 和田嘉子 井関浩)

(別紙省略)

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